Column 04 リスク共生対話
リスク共生×国際経営論(第2シリーズ) 第3回(2024.08.29 掲載)経営学の研究手法とリスクへのアプローチ
対談:周佐喜和/澁谷忠弘 聞き手:伊里友一朗
伊里:
経営学ではリスクがあることを当然として捉えていることはよくわかりましたが、研究の上ではそのようなリスクにどのようにアプローチされてきたのでしょうか。
周佐:
経営の問題として、リスクそのものが経営の最大目標になるということは、その問題を限定すればあり得るけれども、そのようなケースは稀だと思います。例えば不祥事を起こさない経営、事故を起こさない経営など、実際にそういう研究もあるのですが、僕のように会社が儲かるか、儲からないかを考えている人にとって、リスクマネジメント自体を単独で最高目標に立てることはありません。現実には、例えば金亡者のような会社があったとして、「とにかく儲けるのだ」、「ひたすら儲ければよいのだ」と思っている会社があるかもしれないし、別の会社は「理想を実現するためにこの会社をつくったのだ」という最近の流行りのパーパス経営のような会社があってもよいのですが、どちらの場合もリスクマネジメント自体は最高目標ではないわけです。しかし、ただ能天気に最高目標を掲げていれば、経営がうまくいく訳ではない。うまくいくまで頑張れば何とかなるというものでもない。『では、どうすればよいのかな?』というところで、現実の会社はどう処理しているのかが知りたくなる。ここで、リスクマネジメントという問題領域が出てくるわけです。どうすれば目標が達成できるかを考えていくと、それとちょうどセットになるように、目標が達成できない可能性があることも一緒に考える必要が出てくる。特にトップマネジメントの人たちは、企業組織全体の業績とか評判に責任を負っているので、本来は、専門外の領域で問題が起こったからだとか、事前に想定できなかった問題が発生したからとか、責任逃れできない立場にいる。けれども、企業組織全体の業績とか評判に影響する要素は膨大にあるわけだから、それらすべての要素を完璧に把握できているなんてことは、あり得ない。だから、目標が常に達成できるわけでないし、目標が達成できない可能性だって常にある。そのため、トップの人たちには、リスクマネジメントという仕事が、ほぼ必然的に発生します。特に、今までにやったことのない、特に新規性の強いことに取り組もうとする際には(これをイノベーションと言います)、未知のことが増えるわけだから、リスクは大きくなります。
ところで、経営学では、組織を経営すると言う場合、計画と実行という二つのプロセスが伴うと考えます。二つのうちのどちらを重視するのかについては、人によって温度差があります。計画を重要視する人は、無手勝流でやるのはまずいから、どうやって計画をうまく立てるのかが大切だと考えます、リスクマネジメントに関して言うと、例えば人の失敗を見てわが振り直せということが実際にできるのか、ということが研究テーマになるわけです。実行を重視する人たちだったら、実行して初めて分かったことにどうやって気が付いて、いかに早く手を打つか、修正していくのかということが問題になる。リスクマネジメントの関係だと、たとえば、小さな失敗からどうやって教訓を導いて、大きな失敗を防ぐのかという研究テーマになってくると思います。ただ、日本の経営学者は自分も含めて、どちらか一方の見解に偏るのではなく、両者のバランスを上手く取ることが大切だと考える人が多いようです。「中庸」を重視するお国柄のためでしょうか。
伊里:
経営学にも色々な研究アプローチをする人がいるとは思いますが、研究スタイルとしてはどのようなスタイルの方が多いのでしょうか?
周佐:
最近は計量的研究をやる人が多いです。目標はやはり経済的効果を明らかにすることで、競争力をどう強くするかということを計量的に研究します。例えば今、学会で流行っているのは、特許に関する計量的研究です。特許のデータから、どことどこの会社が結び付いているのかを調べる。どこを特許にすれば儲かるのか、どの部分をあえて他社にオープンにしておくのか、他の会社とどうやって自分の得意なところとを棲み分けるか、あるいは他の会社とどのように協力して技術開発を行っていくのかなど、公開データを基に検討しています。特許のデータは公開データだから、誰が誰の特許を引用しているかというのはすぐ分かるので、特許同士のつながりが分かるし、どういう特許を握ったらよいのかも見当がだいたい付いてきて、特許は数ではないということがわかってきた。特許は、いかにたくさん引用させるが重要で、これは量ではなく質の問題です。ただ、そういう特許の質は結果論では分かりますが、事前には分かりにくいと思います。事後的な説明はできても、事前の予測に結び付けにくいのが、現実の経営者から見ると、癪(しゃく)の種だろうと思います。ただ、このように公開データを用いた定量的な研究は再現性が高い、つまり誰がやっても同じ結果が導けると考えられるので、研究者の間では人気があります。
しかし、経営学の世界では定量的研究だけがすべてではなく、定性的研究と言われるものも行われてきました。定量的研究では因果関係について事前にある程度分かっていることが前提になりますが、これまで想定されていなかった因果関係を見つけ出すために、比較的少数の事例に集中した定性的研究も行われてきました。定量的研究が仮説検証型の研究だとしたら、定性的研究は仮説発見型の研究に適しているとも言えるでしょう。自分が今までやってきたのも、後者の定性的研究が大半です。