リスク共生社会創造センター

2023年9月6日

「リスク共生社会における新しいリスクコミュニケーションの枠組」

リスクコミュニケーションの社会実装
ー 第3回 リスクコミュニケーションの一般化と倫理 ー

北海道大学 竹田 宜人


処理水の海洋放出の事例のように、科学的根拠に基づく意思決定や合意形成を目指したステークホルダーへの説明は、社会におけるリスク管理の手続きの一つとして一般化しています。加えて、原子力発電所の再稼働や迷惑施設と呼ばれる様々な廃棄物の処分場の建設や大規模な公共工事等においては、住民の理解が必要として、多様な説明会が行われています。これらの活動は、話題にリスクを扱うことが多いことから、リスクコミュニケーションの機能を有すると考えられます。

ステークホルダーとの対話においては、社会の課題解決に係る問題でもあるため、公平性や透明性が要求されますが、リスクコミュニケーションの社会実装の一般化において、そこに新たな倫理的な課題が生まれています。それは、全てのステークホルダーが公開の場で自らの意見を述べられるわけではない、ということです。具体的な課題になるほど、ステークホルダーは自分事として、リスクを捉えます。そうなれば、それぞれの価値観や家庭や仕事を背景にした意見を持ち、懸念事項や要求もより具体化していきます。また、そのような意見を公開の場では話したくない人もおられるでしょうし、逆に自分の意見を広く、メディアやSNS等で発信したいという人もいます。そのような多様な考え方や態度、立場の人々を一つのルールに縛ることは倫理上の問題もありますし、公開の場を設定することで、参加への壁を作ってしまう恐れも生じています。これまで、社会的課題を題材にリスクコミュニケーションの要素を持つ対話として、ミニ・パブリックス、コンセンサス会議、討論型世論調査、住民協議会、科学技術コミュニケーション等様々な対話が試みられ、多くのノウハウが蓄積されてきました。しかし、場の設定が実験的であったり、関心が高い人々が対象であったり、必ずしも課題が自分事ではないといった理由から、これまでは意見を持ちながら述べたくない(述べられない)人々の存在を意識することは難しく、このような倫理的な課題に気づくことは少なかったのではないかと思います。

近年、その解決策として、場の公開はしないが、丁寧な議事録を作成する、ワークでのやり取りを記録し図1のように対話のやり取りとして構造的にまとめ、配布資料等とともに公開する、意見を無記名で記載戴き収集する、図2のグラフィックレコーディングのように絵で議事を示す等の様々な工夫を通して、透明性の担保を目指すようになってきました。既存のノウハウに加えて、倫理的な課題に配慮した多様なステークホルダーが参加できるような工夫を加えることで、リスクコミュニケーションの社会実装が進んでいくものと考えています。



図1 対話の記録(NUMO2023)1)



図2 グラフィックレコード(環境省2023)2)

参考文献

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