リスク共生社会創造センター

2023年5月10日

「リスク共生社会における新しいリスクコミュニケーションの枠組」

リスクコミュニケーションの社会実装
ー 第2回 リスクコミュニケーションと科学 ー

北海道大学 竹田 宜人


社会におけるリスクの多くは、科学的な知識を根拠にして管理されています。感染症や自然災害(地震、津波等)のリスクでも、感染者数の将来予測や想定される津波の高さなど、その対策においては自然科学の知識は不可欠です。そのため、適切なリスク管理のためとして、科学的に正しい情報提供やそのリテラシーの向上が指摘されることもあり、ネット上のフェイクニュースや情報操作が話題になることも多くなっています。

リスクコミュニケーションを考えたとき、リスクは将来に想定される危険であり、将来予測には不確実性を伴うことへの理解が重要です。今回は、リスクコミュニケーションと科学について、不確実性をキーワードに考えてみたいと思います。

不確実性とは、将来予測の揺らぎのことです。例えば、化学物質のリスクは、人への暴露量とその毒性の比較により行われます。この場合、予測される危険とは、健康影響です。暴露量は下図の通り、人体への様々な経路をモデル化し、摂取される化学物質の量を人の食事量や呼吸量とそれぞれの濃度を掛け合わせその総和で求めています。

毒性値は様々な研究データをもとに、専門家がジャッジし、オーソライズしたものです。よって、一般的なリスク評価は、個々人の暴露量や影響を評価したものではないことがあります。加えて、毒性値を基にした評価基準が国ごとに異なることもあります。それらの評価結果に相対した時、人々は、自分事として捉えます。例えば、高齢者や小児が家族にいる人であれば、感受性の違いが気になるだろうし、正しいとされる評価とは違う評価結果や基準、それに基づく主張をネット上で検索することもたやすいことです。
このようにリスクが持つ不確実性が、リスクに対する認知の違いを生み、個々人が求める管理手法の多様性に繋がっていきます。ある人は、経済性を考慮して緩い規制を望み、ある人は健康不安から厳しい規制を望む、どちらが正しいというわけではなく、リスク管理においては、それらの主張の落としどころを探す作業が必要になるわけです。その作業の一部がリスクコミュニケーションであり、コミュニケーションにリスクを冠する用語が使用される所以とも言えるでしょう。



オーソライズされた値のみが科学的な正しさを持ち、それに基づく行動を求めるのであれば、個々人に同レベルのリテラシーを要求し、正しいとされる情報のみに触れる必要がありますが、民主的な、かつネット社会と言われる現在の情報環境ではとても難しいことです。

これらのことから、リスク管理には科学的根拠が不可欠ですが、それだけでは解決できないことがわかります。そこでは、リスクが持つ不確実性を原因とするリスクに向き合う人々の多様な態度を知り、適切な落としどころを見つけることが求められます。そのためには、民主的な枠組みにおける対話(リスクコミュニケーション)が必要になると考えています。

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