リスク共生社会創造センター

2023年3月13日

「リスク共生社会における新しいリスクコミュニケーションの枠組」

リスクコミュニケーションの社会実装
ー 第1回 リスクコミュニケーションと法制度 ー

北海道大学 竹田 宜人


北海道大学の竹田です。「リスク共生社会における新しいリスクコミュニケーションの枠組」の執筆を引き継がせて戴きました。横浜国立大学では、過去、文部科学省、経済産業省の受託研究を通じてリスクコミュニケーションに係る教育プログラムの開発、実践を行い、現在はそれを踏まえたリスクコミュニケーションに関する講義を担当しています。北海道大学では、土壌汚染や原子力関連施設の立地などの地域対話について、リスクガバナンスの観点から、実践を踏まえた研究を行っています。

本コラムでは、以下の目次で工学的視点からリスクコミュニケーションの今を描いてみようと思います。どうぞ、よろしくお願いいたします。

  1. リスクコミュニケーションの社会実装

  2. リスクコミュニケーションと科学

  3. リスクコミュニケーションの一般化と倫理

  4. リスクコミュニケーションを担うものは

  5. 職能としてのリスクコミュニケーション


我が国のリスクコミュニケーションは、西暦1999年制定の化学物質排出把握管理促進法のPRTR制度における化学物質の排出量の公開に際し、市民への適切な説明の必要から導入されました。化学物質のリスクは、その暴露量、有害性から評価されますが、ともに不確実性を含むため、人々の捉え方は様々で、その関心事によって、説明される管理方法への受容性も異なります。そのため、科学的根拠に加え、民主的な対話を通じてステークホルダー相互の信頼を高め、協働することにより、よい管理方法を目指すことが求められています。リスクコミュニケーションはそのプロセスにおける情報のやり取りや人々の係わり全てを包含しているといってよいと思います。

その後、共通する概念は様々なリスクを管理する諸法令において取り入れられ、現在では、地域社会に影響を与える産業活動では、事業に係るリスクに関して、ステークホルダーに対する事前の説明や対話の機会を設けることが社会通念になっています。次表は、リスクコミュニケーションと思われる表現がある法の条文を抜粋したものです。リスクコミュニケーションと明示しているのは食品基本法だけですが、条文を踏まえて、下位規程である規則や方針、マニュアル等でステークホルダー間の対話を規定している場合もあります。

工学者として、関係する事業や活動が社会にどのような影響を与えるのか、よく吟味したうえで、ステークホルダーとの対話を意識することが求められています。


表 各法令とリスクコミュニケーション

リスク
法令名 条文
化学物質 化学物質管理促進法 第四条 指定化学物質等取扱事業者は,その管理の状況に関する国民の理解を深めるよう努めなければならない。
【化学物質管理指針】第3 指定化学物質等の管理の方法及び使用の合理化並びに第一種指定化学物質の排出の状況に関する国民の理解の増進に関する事項(リスク・コミュニケーションに関する事項) 指定化学物質等の管理活動に対する国民の理解を深めるため、事業活動の内容、 指定化学物質等の管理の状況等に関する情報の提供等に努めるとともに、そのための体制の整備、人材の育成等を行うこと。
食品安全 食品基本法 第21条第1項に規定する基本的事項 第3 情報及び意見の交換の促進 1 基本的考え方 (1)食品の安全性の確保に関する施策の策定に当たっては,当該施策の策定に国民の意見を反映し,並びにその過程の公正性及び透明性を確保するため,関係者相互間の情報及び意見の交換(以下「リスクコミュニケーション」という。)の促進を図るために必要な措置が講じられなければならない。
高レベル放射性廃棄物 特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律 第三条 経済産業大臣は、特定放射性廃棄物の最終処分を計画的かつ確実に実施させるため、特定放射性廃棄物の最終処分に関する基本方針(以下「基本方針」という。)を定め、これを公表しなければならない。
2 基本方針においては、次に掲げる事項を定めるものとする。
六特定放射性廃棄物の最終処分に関する国民の理解の増進の施策に関する事項

【基本方針】
概要調査地区等の選定に向けた調査の段階から、多様な関係住民が参画し、最終処分事業について、情報を継続的に共有し、対話を行う場(以下「対話の場」という。)が設けられ、積極的な活動が行われることが望ましい。
土壌汚染 土壌汚染対策法 (国民の理解の増進)
 第六十条 国及び地方公共団体は、教育活動、広報活動その他の活動を通じて土壌の特定有害物質による汚染が人の健康に及ぼす影響に関する国民の理解を深めるよう努めるものとする。
感染症 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律 (基本指針)
 第九条 厚生労働大臣は、感染症の予防の総合的な推進を図るための基本的な指針(以下「基本指針」という。)を定めなければならない。  2 基本指針は、次に掲げる事項について定めるものとする。
 九 感染症に関する啓発及び知識の普及並びに感染症の患者等の人権の尊重に関する事項

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