リスク共生社会創造センター

2022年7月13日

「リスク共生社会における新しいリスクコミュニケーションの枠組」

第2回
リスクコミュニケーションのさまざまな姿

横浜国立大学 環境情報学府 松永 陽子


リスクコミュニケーションの特徴として、分野によって、異なる背景、動機にもとづいたリスクコミュニケーション活動が行われていることが挙げられる。

以下に、① 化学物質(環境)分野、② 食品分野、③ 原子力・放射線分野、④ 防災分野、⑤ 医薬品分野と、5つの分野のリスクコミュニケーションについてまとめた。


① 化学物質(環境)分野

 工場からの化学物質の排出届出制度(PRTR法、正式名称:特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律)をきっかけに、リスクコミュニケーションの試行や取組が進んだ。

化学物質におけるリスクコミュニケーションでは、主な活動者は、事業者、行政、市民であり、行政も市民と事業者をつなぐ役割があるとされた。一部の自治体では「環境コミュニケーション」として、現在もその活動を引き継いでいる。

また、事業者は業界における先進的な取組としてカナダで始まった「レスポンシブル・ケア」の枠組みを導入し、関係構築・信頼醸成のための地道な地域対話を重ねている。


② 食品分野

食品安全基本法第21条に基づき、食品安全に関する施策への国民の意見の反映、施策の策定過程の公平性・透明性の確保を目的としたリスクコミュニケーションが行われており、そのために必要な措置を講ずることを国(行政)に義務付けている。


③ 原子力・放射線分野

1995年の高速増殖炉「もんじゅ」の事故や株式会社ジェー・シー・オー(JCO)ウラン加工施設の臨界事故後の原子力広報評価検討会において「信頼回復を目的とした活動」としてリスクコミュニケーションの必要性が指摘された。

東日本大震災及び東京電力福島第一原子力発電所の事故後には原子力の自主的・継続的な安全性向上にあたって、「適切なリスクガバナンスの枠組みを有効に機能させるため」及び「原子力のリスクについて適切なコミュニケーションを実現するため」のリスクコミュニケーションが必要であるとの提言がまとめられている。

また、復興促進の施策としてのリスクコミュニケーションは、放射線に関する正しい知識の普及と、放射線による健康不安の解消を目的としたリスクコミュニケーションが必要とされている。


④ 防災分野

防災分野では、防災・減災のための行政、地域における業務及びその延長線上の活動が、研究及び行政による市民参画を伴う活動まで、幅広く行われている。

災害という「命に係わる事象」に関するリスクコミュニケーションであるため、よりよい対応行動を引き出すことを目的とした理解醸成のための教育・啓発活動が数多く実施されている。

また、防災・減災のための施策には、防潮堤や堤防など大規模な工事を伴う対策も選択肢となる。防災・減災の観点と、自然動植物や景観の保全などまちの在り方とも関りが深いため、市民参画型での協議も行われている


⑤ 医薬品分野

日本の医薬品分野では「リスクコミュニケーション」という言葉はあまり用いられない。ただし、「インフォームドコンセント」「シェアード・デシジョン・メイキング」という言葉が用いられ、医薬品の安全かつ適正な使用を目指し、厚生労働省の施策等として、患者等の意思決定支援のためのわかりやすい内容、入手しやすい手段による情報提供の取組の推進などが行われている。



リスクコミュニケーションの様々な姿

前述の5つの分野では、目指すところが少しずつ異なる。そして、これらの各分野においてリスクコミュニケーションの目的として掲げられている、関係構築・信頼醸成、意見の反映・透明性の確保、正しい知識の普及、不安の解消、教育・普及・啓発、情報提供のすべては、リスクコミュニケーションの目的として適切である。

ただし、取り扱うリスクやリスクコミュニケーションを実施する状況に応じて、不適切な目的が掲げられる場合もある。例えば防災分野では「教育・普及・啓発」がリスクコミュニケーションの目的として適切だと位置づけられるが、放射線の不安解消においてはそうではない事例があった。これは放射線に関する科学的知見には、低線量被ばくの健康影響など不確実性が高い領域が存在するからである。

簡潔に言えば、リスクコミュニケーションにおいて取り扱うリスクの性質、科学的知見の不確実性、リスクコミュニケーションを実施する状況、リスクに関する意思決定レベルなどにより、その目的が異なる。

しかし、このようなリスクコミュニケーションの多様性は、リスクコミュニケーションに取り組もうとする組織や担当者の混乱の原因となっている。


次回 第3回は「リスクコミュニケーションの『躓き(つまずき)の石』」として、リスクコミュニケーションに取り組もうとする組織や担当者を混乱させる原因を解説します。

 

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