リスク共生社会創造センター

2020年12月16日

リスク共生の視点から見た新型コロナ対応

新型コロナウィルスと経営学(2)
コロナ禍とイノベーション
 ~ 資源配分の視点から ~

先端科学高等研究院
特任教員(助教) 高田 直樹


新型コロナウィルスの蔓延によって、我々の社会生活は意図せぬ形で変革を迫られている。働き方の変化をはじめとして、経営と密接に関係する側面でも非連続的な変化が求められていると言えるだろう。そこで本コラムでは、新型コロナウィルスの被害拡大が、イノベーションの取組みに如何なる影響を及ぼしうるか考えてみたい。
なお以下では、イノベーションを、社会・経済的な価値をもたらす新しいモノゴトと考える。

イノベーションは新しいモノゴトであるから、その実現にはまずもって経営資源が必要である。加えて、社会・経済的な価値をもたらすには新しいモノゴトを具体化して社会に根付かせる必要性があり、そのためには多様な主体の共同行為が求められる。このうち後者については、リモートワークの普及によって人間関係が疎遠になることが、イノベーションを創出する契機を縮減させたり、円滑な共同行為を阻害したりする可能性がある。このトピックについては、本学の真鍋誠司教授によるコラムを参照して頂きたい 1

今一つのトピックは、イノベーションへの資源動員に対する影響である。これまでも、感染症の拡大や戦争勃発といった事象が、人々の注意や問題解決に向けた資源投入を方向付けることで、特定分野でのイノベーションが刺激されたり、技術発展の方向性に変化が生じたりすることが示されてきた(Rosenberg, 1969)。新型コロナウィルスの蔓延もまた、円滑なリモートワークの実現を可能にするような技術的改善を導いたり、疫学的知見の深耕をもたらしたりと、特定領域での進歩をもたらしている側面があると言える。新型コロナウィルスの蔓延は世界的課題であるから、進歩の方向性に及ぼす影響も大きいと予想される。

一方で、外部環境が解決すべき問題を厳しく規定する状況では、経営資源の配分によって不確実性の高い取り組みが駆逐されていく可能性も存在する。多くの企業がコロナ禍による業績悪化の憂き目にあっている状況では、短期的に利益が見込まれる領域で立て直しを図ろうと考えるのが自然である。こうした状況では、現時点では「馬の骨」でしかないようなアイデアに投資することは難しい。しかしながら、イノベーションは多数のアイデアの亡骸を踏み越えて実現される試行錯誤の賜物でもある。イノベーションに内在する不確実性を背負いにくい状況だからこそ、如何にしてイノベーションへ戦略的に資源を振り分けるかを考えなければならない。

より重要なのは、国家レベルでの資源配分である。今般のコロナ禍は、我が国での資源配分や制度設計が、未知の問題に対する用意としては不十分だった可能性を投げかけている。例えば、新型コロナウィルス感染症対策専門家会議委員の岡部信彦氏は、感染症医や専門家の不足が露見したことを指摘している 2。そうした不足の間接的な原因が、抗菌薬や抗生剤というイノベーションにあるという指摘もきわめて興味深い 3。しかしながら、仮にイノベーション自体が資源配分にゆがみをもたらす可能性があるとしても、それを是正するような制度設計は可能なはずである。

もちろん、配分できる資源には限りがあるため、全ての可能性を追究したり、起こりうる全ての問題に対処したりすることは原理的に不可能である。このことを背景として、至る所で「選択と集中」を推し進めてきたのが近年の我が国である。選択と集中は競争社会の基本的な行動原理であるから、そのこと自体は必ずしも否定されるべきことではない 4。しかしながら、何を選択して何に集中するかという意思決定には省みる余地がある。コロナ禍が浮き彫りにした歪みを手がかりにして、多様なステークホルダーが一丸となり、我々が目指す社会のあり方を改めて考える必要があるだろう。


[参考文献]

Rosenberg, N. (1969). The direction of technological change: Inducement mechanisms and focusing devices. Economic development and cultural change, 18, 1-24.

高田直樹. (2019). 『科学装置の技術進歩と汎用化の功罪:質量分析計の時系列的研究』一橋大学大学院商学研究科博士号学位取得論文, 1-238.

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1 真鍋誠司 (2020) 『新型コロナウィルスと経営学(1)リモートワークとイノベーション』
https://www.anshin.ynu.ac.jp/view/vol501.html

2 ダイヤモンド社 (2020)『岡部信彦・新型コロナウイルス感染症対策専門家会議委員・川崎市健康安全研究所所長インタビュー(上)』
https://diamond.jp/articles/-/240916

3 この点については、質量分析計の技術発展史の分析を行った高田(2019)でも議論を行っているので、ご興味のある方は参照して頂きたい。

4 朝日新聞デジタル (2020)『(耕論)選択と集中、合理的? 仙石慎太郎さん、金森勝雄さん、沼上幹さん』
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14365848.html



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