リスク共生社会創造センター

2020年12月11日

リスク共生の視点から見た新型コロナ対応

新型コロナウィルスと経営学(1)
リモートワークとイノベーション

横浜国立大学 国際社会科学研究院/先端科学高等研究院
教授  真鍋 誠司 


2020年4月、新型コロナウィルス拡大の影響により、全都道府県が緊急事態宣言の対象となった。こうした動きが契機となり、リモートワークが広がっている。本コラムでは特に、リモートワークとイノベーションの関係について考えてみたい。イノベーションには様々な定義があるが、ここでは、「経済成果をもたらす革新」(一橋大学イノベーション研究センター, 2001)と考える 1。リモートワークの普及がイノベーションに与える影響を考えるために、まず、リモートワークとコミュニケーションの関係について検討しよう。なお、コミュニケーションついては「会話や合図、文書、しぐさなど、さまざまな方法でアイディアやメッセージ、情報をやり取りすること」(Allen & Henn, 2007)と定義する。

コミュニケーションのあり方がイノベーションを喚起することは、経営学において繰り返し議論されてきた。Allenによる一連の研究(Allen, 1984; Allen & Hauptman, 1989; Allen & Henn, 2007)によれば、社内の技術情報のコミュニケーションのあり方が、新製品のイノベーションプロセスに大きな影響を与える。より具体的には、イノベーションはアイディアと発明に依存しており、製品開発のエンジニアが良いアイディアを思いつくきっかけは、社内の同僚から得られる場合が最も多い。特に、技術情報のコミュニケーションは、公式的な組織構造、非公式的な従業員間の関係性、物理的な空間のあり方に影響を受ける。物理的空間、例えば働く職場で「間仕切りがあるかないか」、「人が自然に集まる魅力的な共有スペースがあるかないか」でコミュニケーションの在り方が変化することは、直感的にも理解されよう。

また、コミュニケーションは、その目的によって分類することができる。Allen & Henn(2007)は、業務を円滑にするための「連絡調整型のコミュニケーション」、専門分野の最新動向を把握するための「情報収集型コミュニケーション」、知を創出するための「インスピレーション誘発型コミュニケーション」の3つに分類した。いずれも重要ではあるが、特に、イノベーションを志向する組織、つまり、新しい製品・サービスを生み、クリエイティブな問題解決をする組織には、インスピレーション誘発型のコミュニケーションが欠かせないとされる。ほかの部署やプロジェクトとの異分野協力を通じて起こる、意外なアイディアの組み合わせが、創造性とイマジネーションを刺激するからだ。また、ふとした出会いから自然発生的な会話から、気付きとインスピレーションを得ることが多く、イノベーションを創出する契機となり得ると考えられている。

リモートワークの普及により、会って話をするために移動する必要がなくなって、自宅から会議に出席できるようになった。しかしながら、物理的な空間を共有しないことで、相手の表情がうまく読み取れないといった不満もよく聞く。そもそも、接続不良や音声や画像品質の悪さから、コミュニケーションが阻害されてストレスの原因になるという主張もある。さらに、Allen & Henn(2007)は、リモート会議(ビデオ会議)は、事前設定する必要があり、連絡調整には向いているが、情報収集とインスピレーションの誘発には向いていないと述べている。

このように、リモートワークの限界について、多くの指摘がある。しかしながら、リモートワークそのものに関するイノベーションが生まれつつある。ICTを利用し、リモートのコミュニケーションをできる限り現実に近付ける試みも始まっている。例えば、VRchatというバーチャルSNSサービスを活用する事例がある 2。VRchatの仮想空間内に実際のオフィス空間をそのまま再現し、そこでアバターとしてオフィス内を移動して、他の人とコミュニケーションをとることができる。アバター同士が近づけば声が大きく聞こえるし、離れれば声も小さくなる。さらに、仮想オフィスには、インスピレーションを刺激するようなモノや展示物もデジタルで再現することも可能だという。ただし、人間の五感を代替するには、技術的に未成熟な部分も少なくない。また、社会的にも、働き方が仮想空間で仕事をすることを前提に変わったわけではなく、リモートワークに関する課題は少なからず残されている。

イノベーションを興すうえで、何らかの矛盾や不満を解消したいという意思が重要になる。リモートワークで日常的なコミュニケーションが取りにくくなり、イノベーションの創出を阻害しているという認識が、今後ますます高まるかもしれない。その認識そのものこそが、コミュニケーションに関わる新たなイノベーションを生む原動力になる可能性を秘めている。


[参考文献]

Allen, T. J. (1977) Managing the flow of Technology, Cambridge, MA: MIT Press.

Allen, T. J., & Hauptman, O. (1987) The influence of communication technologies on organizational structure. Communication Research, 14(5), 575-578.

Allen, T. J. & Henn, G.W. (2007) The Organization and Architecture of Innovation. Managing the Flow of Technology, Burlington, MA: Elsevier.

一橋大学イノベーション研究センター(2001)『イノベーション・マネジメント入門』日本経済新聞社

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1 この定義では、いわゆる技術革新だけでなく、製品・サービス、生産技術、流通、サポート、組織、ビジネスモデル等の革新も含む。

2 https://hello.vrchat.com/



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