リスク共生社会創造センター

2023年5月17日

第5回
石油貯槽の変遷

横浜国立大学 リスク共生社会創造センター 客員教授 吉田 聖一


現代社会はカーボンニュートラルを目指しており、石油のエネルギーとしての役目はやがて終わり、石油化学でのみ生き残ると考えられている。石油とは、油井から採掘される原材料の原油、その原油を精製したガソリン、ディーゼル、灯油、ナフサ等の石油製品の総称である。さらにプラスチック、合成ゴム、合成繊維等の石油化学製品の基礎製品であるベンゼン、トルエン、エチレン等の炭化水素はナフサを分解して作られる。筆者は縦置円筒形の石油貯槽の設計、シミュレーションに50年近く携わってきた。本稿執筆の機会をいただき、石油貯槽の変遷を振り返ってみる。

石油は地下から湧く「燃える水」として有史以前から知られており、産地において照明用や燃料として使われてきた。石油の大規模採掘は、1859年に米国ペンシルバニア州Titusvilleの油井での機械堀りが始まりといわれている。これがきっかけとなり、灯油やパラフィンの石油製品を安価で大量に供給できるようになり、石油産業が米国、英国、ロシア等で拡大した。米国のJohn Rockefeller氏が1870年に創立したStandard Oil社は時流に乗って拡大し、やがて油井、精製、輸送、市場まで支配するようになった。大きくなり過ぎた同社は、1911年に反トラスト法に抵触して34の独立した会社に分割された。これらの会社の中で、Exxon-Mobil社、Chevron社は石油メジャーとして今日も存続している。また、John Rockefeller氏は巨万の富を築いて財閥を形成し、後に彼の孫は米国副大統領や大手銀行のCEOになった。

当時の採掘された石油は、バレル(barrel)と呼ばれる木製樽に貯蔵されていた。ウイスキーの保管に使用していたものの転用である。バレルは水やウイスキーを入れると木製板が徐々に膨張して漏れにくくなるが、石油では同様の効果はなく、内面を接着剤でコーティングしていても、漏洩が問題であった。地面上にたくさんのバレルを重ねて保管すると、時間の経過とともに地面が漏れた石油で覆われ、それを回収するための溝や穴を掘る必要があった。その後、木製バレルは徐々に容量42 gallon(0.159 m3)の鋼製バレルに置き換わった。今日「barrel」は石油の体積を表すのに最も広く使われている単位であり、原油価格を表す経済指標にも使われ、1 barrel=0.159 m3 である。

原油を精製した石油製品の需要の多くは照明用の灯油であったが、19世紀後半にガスと電気に取って代わられ、石油の需要は衰退しようとしていた。しかし、19世紀末に自動車が普及すると、ガソリンの需要が劇的に増大し、製油所は油井のある生産地から消費地へ移転することになった。また、貯槽サイズも大きくなり、輸送は鉄道で行われるようになった。安全性や経済性を考えた液体貯槽形状の大型化では、縦置円筒形が常識であり、20世紀初頭には直径30 m、高さ10 m程度の鋼製縦置円筒形貯槽がリベット接合で建設された。1920年代になると溶接接合になり、直径55 m、高さ18 m程度の大型貯槽も現れ、リベット接合は1930年代に衰退した。

以上は石油貯槽技術の先端を走っていた米国でのことであるが、日本に話を移す。1974年12月18日に岡山県倉敷市水島地区の製油所で、大型貯槽から重油が漏洩し、防油堤を破壊して7,500~9,500 m3が瀬戸内海に流出する事故が起きた。不完全な基礎工事で貯槽にき裂が生じたものである。この事故が契機となって、1977年に石油貯槽を規制する消防法の技術基準が大幅に改正され、1983年には耐震設計基準が新たに制定された。この水島での事故以降、石油貯槽の安全管理や維持管理技術の向上に中心的役割を果たしてきたのは、本学の井上威恭、小倉信和、北川英夫、関根和喜の諸先生である。消防法の新技術基準は、1980年代から1990年代にかけて建設された、200基近くの直径80 m、高さ20 m級の容量10万m3を超える国家石油備蓄貯槽にも適用された。

冒頭で述べたように、エネルギーとしての役目が終わると、石油貯槽の新規設置は少なくなると思われる。しかし、その技術は1970年代からのLNG 貯槽に生かされた。現在の主流は石油貯槽とほぼ同じ構造で低温用鋼材での内槽と、プレストレストコンクリート(PC)製の外槽の間に断熱材を入れ、二重構造で-162℃のLNGを保持するものである。現在直径90 m、高さ60 m級の容量20万 m3を超える大型貯槽が存在する。

カーボンニュートラルを達成するためのエネルギーとして、CO2を出さない水素とアンモニアが注目されている。それらの小型貯槽は既に存在するが、大きな需要に対処するため大型化が望まれている。いずれも液化して、PC製LNG貯槽と同じ二重構造の縦置円筒形貯槽に貯蔵することが考えられている。いくつかの解決すべき課題はあるが、遠からず実現するだろう。バレルからの貯槽の変遷である。



参考文献

Bob Long and Bob Garner, Guide to Storage Tanks & Equipment, Professional Engineering Publishing, 2004. 



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