2021年2月10日
リスク共生の視点から見た新型コロナ対応
新型コロナウィルスと経営学(4)
新たな働き方と会計 - 営業活動に焦点を当てて -
横浜国立大学 国際社会科学研究院/先端科学高等研究院
准教授 君島 美葵子
新型コロナウィルスを想定した、厚生労働省による「働き方の新しいスタイル」では、「テレワークやローテーション勤務」「会議はオンライン」などが挙げられている(厚生労働省ホームページ)。このような働き方の変容は、人的な対面接触を前提とした企業活動を見直すきっかけを与えている。
人的な対面接触を前提とした企業活動の代表例として、営業活動が挙げられる。これまで顧客訪問や出張を繰り返してきた営業活動の各種業務は、対面接触を前提とするものと、オンラインに切り替わるものとに分かれるだろう。このような働き方の変化にともなう業務内容の変更は、会計のあり方を考え直すきっかけを与える。本コラムでは、その会計のあり方を会計測定の視点と業績評価の視点から考察したい。なお、ここでの「営業」とは、産業財を扱う営業を想定している。
まず、営業活動の会計測定の視点から考察する。
社内外で開示される財務諸表や会計報告書には、数多くの貨幣的な情報が掲載される。井尻(1976)によれば、情報の伝達手段は写体(surrogate)であり、この写体によって表現される現象は本体(principal)であるという。また、情報とは、本体の状態にかんして写体が伝達するメッセージであるという。たとえば、企業活動は本体、財務諸表や会計報告書は写体、会計情報は財務諸表や会計報告書によって貨幣のかたちで伝達される企業活動のメッセージといえる。
本体の状態が変われば、写体によって表現される現象は変わり、伝達する貨幣的なメッセージも変化する。先の営業活動を例にとると、顧客のケアとサポート業務という「本体」が、顧客訪問などの対面接触によるものから、インターネットを通じたオンラインによるものへと移行する。そして、営業報告書という「写体」を通じて、営業活動にかんする貨幣的メッセージ(売上高・費用・利益など)が情報利用者へ伝達される。一般に、売上高にたいする相対的コストは、人的な対面接触よりもインターネットによる営業活動のほうが低くなるため、費用面でのメッセージは誰もが容易に受け取れるだろう。一方で、オンライン導入前後の営業活動を比較して、オンライン導入後で売上高や利益の大幅な伸びを確認できたのであれば、営業活動のオンライン化を本格的に検討することもできる。
次に、営業活動の業績評価の視点から考察する。
営業活動は、営業部門といった営業担当部署で管理される。Hutt and Speh(2004)によると、営業部門を管理して成果を出すためには、営業担当者の募集と採用、営業部門にたいする研修、動機づけ、監督、業績評価とコントロールを含めて考えるという。ここでは紙面の都合、「業績評価」に焦点を当て、個人(営業担当者)レベルでの業績評価を取り上げる。
Walker Jr. et al. (1977) の仮説によると、営業部門のマネジャーは、営業担当者の選抜、研修、監督によって個人と組織に関係する変数の一部にたいして影響を及ぼすことができるという。また、Cravens et al. (1993) によると、営業部門のマネジャーは、営業担当者の業績を測定するために、「行動にもとづく尺度」と「成果にもとづく尺度」を用いることができるという。行動にもとづく尺度は、営業担当者の活動を営業部門のマネジャーによって監視・指揮し、業績を評価するために営業担当者の行動にたいして主観的尺度を使用し、大きな固定部分を持つ報酬制度を重視する。たとえば、製品の用途にかんする営業担当者の知識、会社の技術にかんする知識、顧客にたいする営業担当の説明の明確さなどが含まれる。Oliver (1995) やHutt and Speh (2004) は、行動にもとづく尺度を重視することが効果的であると主張する。それに対して、成果にもとづく尺度は、営業担当者の活動の現場での直接的な監督が行われず、業績評価のための客観的尺度と大きなインセンティブ部分を持つ報酬制度を使用する。たとえば、販売結果、市場占有率の増加、新製品の売上、および利益に対する貢献度が含まれる。
以上のことから、「行動にもとづく尺度」と「成果にもとづく尺度」は、(1)営業部門のマネジャーが営業担当者をいかに監視・指揮するか、(2)営業部門のマネジャーが採用する尺度とはどのような内容かによって区別される。特に(1)の点は、コロナ禍の営業活動における働き方(対面接触か、オンラインか)の影響を受ける。具体的には、「営業部門のマネジャーが営業担当者の業務プロセスを監視・指揮できる度合い」が、業績評価の尺度を、ひいては業績評価システムのあり方を規定する。この監視・指揮の度合いによっては、行動ではなく、成果にもとづく尺度を用いた業績評価が有力な選択肢となる可能性も有り得る。また見方を変えれば、行動・成果の2つの尺度を併用することも検討できる。その際には、全社戦略、事業戦略などと連動させた戦略マップ1 の描写、およびバランス・スコアカード(BSC)用いた2 営業部門の業績評価システム構築も視野に入れることができる。
[参考文献・資料]
Cravens, D. W., T. N. Ingram, R. W. LaForge, and C.E. Young. 1993. Behavior-Based and Outcome-Based Salesforce Control Systems. Journal of Marketing 57(4):47-59.
Hutt, M. D., and T. W. Speh. 2004. Business Marketing Management: A Strategic View of Industrial and Organizational Markets. 8th edition. Mason, OH: South-Western(笠原英一解説・訳. 2009. 『産業財マーケティング・マネジメント(理論編)』白桃書房).
Oliver, R. L. 1995. Behavior-and Outcome-Based Sales Control Systems: Evidence and Consequences of Price-Form and Hybrid Governance. Journal of Personal Selling and Sales Management 15(4): 1-15.
Walker Jr., O. C., G. A. Churchill Jr., and N. M. Ford. 1977. Motivation and Performance in Industrial Selling: Present Knowledge and Needed Research. Journal of Marketing Research 14(2): 156-168.
井尻雄士.1976.『会計測定の理論』東洋経済新報社.
厚生労働省ホームページ「『新しい生活様式』の実践例」
(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_newlifestyle.html
閲覧日:2021年1月25日)
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1 戦略マップについては多くの文献・資料がある。たとえば、以下の文献が参考となる。 Kaplan, R. S. and D. P. Norton. 2004. Strategy Map: Converting Intangible Assets into Tangible Outcomes. Boston, MA: Harvard Business School Press(櫻井通晴・伊藤和憲・長谷川惠一監訳. 2005.『戦略マップ:バランスト・スコアカードの新・戦略実行フレームワーク』ランダムハウス講談社).2 バランス・スコアカードについても多くの文献・資料がある。たとえば、以下の文献が参考となる。 吉川武男.2006.『バランス・スコアカードの知識』日本経済新聞社.