リスク共生社会創造センター

2020年6月4日

リスク共生の視点から見た新型コロナ対応

新型コロナウイルスに関する危機管理広報
「第3回 ステークホルダーの共感が得られる発表文書の書き方」

横浜国立大学 IASリスク共生社会創造センター
非常勤講師  宇於崎 裕美
(エンカツ社 代表取締役社長)

緊急事態宣言が解除され社会活動全般が再スタートを切ることとなったが、その形態は以前とは違う。 感染症に対し厳重な安全配慮が必要で、どの企業もどんな工夫をしていくのか続々と発表している。発表文書には各社の個性が表れる。

安全第一を標ぼうするのはどこも同じだが、“誰に対して” “何のために”という部分は一様ではない。 これらの点を意識して言葉を選んでいる企業もあれば、無難に型通りに収めているケースも見受けられる。 そこで、今回は「新型コロナウイルス対応についての発表文書の書き方」について考察する。


対策発表は企業姿勢を世間に示すチャンス

新型コロナウイルス対策として、企業等組織ができることは「体温測定」、「手指消毒」、「マスクやフェースシールドの着用」、「アクリル板やカーテンの設置」、「器具・調度類の消毒」、「入場・入室人数の制限」などだいたい同じだ。顧客や地域社会の安全を重視することも共通している。そこにプラスして、従業員のことにまで言及しているかどうかは各社それぞれで、まったく触れていないことも多い。

筆者は、従業員のために新型コロナウイルス感染防止策を立てて実行しているのならば、それを従業員に伝えるだけではなく、社外にも広く伝えることをおすすめする。「従業員を大切にしている会社」は世間からも高く評価され、企業価値向上につながるからだ。

いうまでもなく、企業は従業員に対し安全配慮義務を負っている。 よって、従業員の安全対策をしっかり行っていても、「内部でやっている当たり前のことを世間に知らせる意味はあるのか?」と謙虚に考える幹部もいるだろう。しかし、自分たちでは当たり前のことが、社外ではまったく知られていないことは多い。よって、従業員を大切に扱っているのならば、それを社外に発表することは企業広報上、とても重要なことなのだ。


定型文だけではメッセージは届かない

筆者は新型コロナウイルス対策についての各社の発表文書を見比べてみた。 どれもよくまとまっているが、個性に乏しくメッセージが弱い。

「弊社では、新型コロナウイルスの感染拡大防止の観点から、お客様、従業員、関係先等の皆様の安全・安心を第一に考え、政府指導に基づいた対応を実施してまいります」、「お客様と従業員の安心を第一に 以下の様な取り組みを実施しております」というように、定型文そのままの場合がほとんどだ。

公式の発表文書は正確であることが何より大切なので、定型文をつなげていくのはある意味、正しいやり方だ。しかし、せっかく世間に企業姿勢を示すチャンスなのだから、もっと読み手を意識して文書の書き方を工夫したほうがいい。

もともと広報とは、パブリック・リレーションズ、つまり、“社会との関係づくり”のことを指す。単なる情報の伝達ではない。自分たちが発信した言葉が、受け手にどうとらえられるのか推測し、さらに、その先、社会との関係をどうしたいのか目的意識を持つべきだ。「新型コロナウイルス対策でこんなに頑張っています」と発表するのなら、受け手である顧客や従業員などステークホルダー(利害関係者)から、「いっしょにがんばろう」と共感してもらったほうがいいだろう。


従業員への思いははっきり表現しよう

新型コロナウイルス対策の発表文書を見て、筆者が注目した会社がある。各種市場調査で常にトップクラスにランキングされるスターバックスだ。ご存知のとおり、同社はブランド力の強さとともに従業員を「パートナー」と呼び大切にしていることでも知られている。

スターバックスは、顧客への「重要なお知らせ」として新型コロナウイルス対応について何度も発表している。その中で従業員のことに必ず触れている。 例えば、本年3月2日の「新型コロナウイルス感染拡大と予防に関する店舗オペレーション変更のお知らせ」では、「お客様の安全を第一に考え、そして全国の店舗、オフィスで働く約4万人のパートナー(従業員)が安心して働けるよう、国内で発生が確認された早期よりパートナーのマスク着用やお客様の消毒用アルコール設置、コーヒーセミナーの中止などの対策の強化を講じてまいりました。」5月26日の「新型コロナウイルス感染症に関する対応について」でも、「お客様の安全を第一に考え、また全国の店舗、オフィスで働くパートナー(従業員)が安心して働けるよう、対策に日々取り組んでおります。」5月29日の「新型コロナウイルス感染症に関する店舗の営業状況について」では、「お客様、そしてパートナー(従業員)の安全を最優先に考え、地域の感染拡大の抑制や予防のために」と、顧客同様に従業員のことを気づかっていることを繰り返し強調している(下線は筆者によるもの)。

今、従業員は「安心して働ける」ことを一番に願っているはずだ。 その願いをしっかりと受け止め文書にまで落とし込んでいるところに、スターバックスの企業姿勢が表れている。そして、これは見事な広報戦略にもなっている。このわかりやすいメッセージにより、従業員の士気や会社への帰属意識が高まったことだろう。そして、世間の人々からも高い評価を得て、社会と同社の良好な関係が強化されたことが考えられる。なぜなら、新型コロナウイルス騒動以前、世間では社員を酷使するブラック企業や加盟店に過酷なノルマやロイヤリティを課すフランチャイズについてさかんに報道されたからだ。そんな社会状況だからこそ、従業員を大切にする企業の希少価値はより高まるのである。


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関連サイト

■■ 著者:宇於崎 裕美 (IASリスク共生社会創造センター 非常勤講師/エンカツ社 代表取締役社長)

第1回 新型コロナウイルスに関する危機管理広報 情報公開とプライバシー保護のバランス

第2回 新型コロナウイルスに関する危機管理広報 偏見と差別を防ぐコミュニケーション

第3回 新型コロナウイルスに関する危機管理広報 ステークホルダーの共感が得られる発表文書の書き方


■■ 著者:野口 和彦 (IAS リスク共生社会創造センター 客員教授(前センター長))

第1回 【総論】 コロナ感染の状況の変化により社会の運営の優先順位を明確に定め」

第2回 危機時におけるリスクマネジメント(その1) 何を今の着目リスクとして考えるか
~多様なリスクを検討し、対応を判断した仕組みを説明せよ~

第3回 危機時におけるリスクマネジメント(その2) リスクを分析する前に整理すべきこと
~リスクは状況によって変化する~

第4回 危機時におけるリスクマネジメント(その3) リスクの不確かさをどのように考えるか  
~[リスク分析・評価の要点その1] 検討するリスクの特定と捉え方~

第5回 危機時におけるリスクマネジメント(その4) リスクの不確かさをどのように考えるか  
~[リスク分析・評価の要点 その2] リスクの分析・評価を考える~

第6回 危機時におけるリスクマネジメント(その5) リスクへの対応を考える

第7回 危機時におけるリスクマネジメント(その6) コロナ後の社会へ


■■ 著者:大重 賢治 (横浜国立大学 保健管理センター 教授)

第1回 重症化リスクの計量について ~はじめに~

第2回 重症化リスクの計量について ~オープン・フェア・ベスト~

第3回 重症化リスクの計量について ~コールトリアージ生命危険確率の説明変数~

第4回 重症化リスクの計量について ~コールトリアージの生命危険確率計算~

第5回 重症化リスクの計量について ~COVID-19 重症化リスク計算の説明変数候補~

第6回 重症化リスクの計量について ~COVID-19 重症化リスク評価とモニタリング~


■■ 著者:中山 穣 (IASリスク共生社会創造センター 非常勤講師/東京大学 環境安全本部 助教)

復帰後の社会像を議論し、リスク対応を検討し始める



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