リスク共生社会創造センター

2022年11月28日

「リスク共生社会における新しいリスクコミュニケーションの枠組」

第5回
リスクコミュニケーションの更なる広がりと充実に向けて

横浜国立大学 環境情報学府 松永 陽子


改めてリスクコミュニケーションの現状を振り返ると、「リスクコミュニケーション」という単語自体は一般的になってきたものの、従来課題の解決が不十分な事例や、社会の変化などに対応しきれていない事例も多く、いっそうの社会への広がりと充実が望まれる。

社会への広がりと充実に向けて、4つのことを提案したい。


  1. リスクコミュニケーションで解決したい真の課題について整理し、適切な課題解決手法やコミュニケーション方法を採用すること

リスクコミュニケーションは、リスクに関する情報伝達やコミュニケーションを「通じて」、リスク問題の解決を目指すためのものである。

「リスク」と「コミュニケーション」に気を取られて、目的と手段が混同されることもままある。

まずは、リスクコミュニケーションで解決したい真の課題が何なのかを明らかにすることを勧めたい。リスク問題について、誰が、どのような権利と責任を有するかの整理も重要である。

一方的に何らかの事柄の理解や譲歩を得たいだけならば、リスクを話したり、意思決定プロセスへの参画を前提としなくとも、情に訴えたり、保証や金銭という手段もとれる(ただし、その手段は将来大きくなるトラブルの種である可能性もある)。また、ただひとつのコミュニケーション手法やイベントのみで、リスク問題を解決することは現実的ではない。複数手法・回数のコミュニケーションを組み合わせて解決を目指すことが必要であり、それぞれの手法がリスクコミュニケーションか否かにこだわることで本質を見落とすことにもなりかねない。

リスクコミュニケーションは、「誰」の「何」に関するリスクマネジメント・ガバナンスに関するもので、リスクコミュニケーションを行うことで「なぜ」「どのような良い効果を与えるか」を整理できるとよいのではないだろうか。

 

  1. 社会全体で行う意識を持つこと、ただし役割と責任を適切に設定すること

リスク問題は、基本的に何らかの機関や組織がある程度の方向性を提示し、資金や人員を捻出してその解決策を実現することとなる。「船頭多くして船山に登る」という言葉もあるが、コミュニケーションで「全会一致」を目指すのは時間を要し、場合によっては迷走することにもなりかねない。

そのため、意思決定者はもちろんのこと、リスクコミュニケーションに参画する関係者の立場と役割、立場と役割に応じた参画方法を定めることが必要である。特に、事業に関するリスクマネジメントには、事業者の他、規制機関や地元自治体など、複数の組織が関わっていることがほとんどであり、連携して情報提供やコミュニケーションを行うことが望ましい。

また、事業者等の適切な懸念の収集・反映姿勢は当然必要だが、住民・市民側でも、感情的な文句や不安を伝えるだけではなく、社会や地域としての事業の必要性やメリットなどを理解した上で、建設的な議論や問題解決を試みる努力 が求められる。



  1. 言語化と共有を怠らないこと

リスクコミュニケーションの定義や目的・機能は多様であり、同じ組織の中でも、同じリスクコミュニケーション像を共有できていない場合もある。

リスクコミュニケーションを通じてどのようなリスク問題の解決を試みたいのか、そのために、と・どのような目的で・各自がどのような役割を発揮してコミュニケーションを行うのか、その結果をどのように役立てるのかなど、細かなことから言語化し、リスクコミュニケーションを行おうとする企画・実施組織及び関係者内で共有しておくことが望ましい。

リスクコミュニケーションは、避けられないリスクあるいは社会的にベネフィットがあるリスクとどのように付き合っていくかを検討するものであり、リスクコミュニケーションの実施に関する事項を言語化・共有することに不利益はないはずである(もし不利益があると感じるのであれば、それは不当な目的でリスクコミュニケーションを行おうとする時である)。



  1. 目標設定と改善を繰り返し、地道に続けること

合意形成を目的とする場合を除き、リスクコミュニケーションは、リスクと付き合い続ける限り続く、終わりのないコミュニケーションである。

常に目標設定、実践、評価、改善を地道に繰り返すことが、よりよいリスクマネジメントの実践及び関係者間の信頼関係構築にも役立つ。



これら4つに加え、リスクコミュニケーションの更なる広がりと充実には、市民や社会側のリスクとの付き合い方に関する知識の習得やリスクコミュニケーションへの参加意識の向上が求められる。ただし、きっかけや動機が薄い状態で市民や社会側の変化を期待するのは難しい。」

まずはリスクコミュニケーションを行おうとする企画・実施者(組織)が、市民や社会と共に行う意識を持ち、市民が参画しやすい仕掛けや工夫を凝らして欲しい。

 

さいごに

リスクコミュニケーションは「自分たちの生きたい未来を作るための対話」でもある。多様な主体の努力や参画により、より多くのリスクコミュニケーションが社会で行われ、よりよい未来の構築に役立つことを期待している。



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