リスク共生社会創造センター

2022年9月7日

「リスク共生社会における新しいリスクコミュニケーションの枠組」

第3回
リスクコミュニケーション「躓き(つまずき)の石」

横浜国立大学 環境情報学府 松永 陽子


 リスクコミュニケーションを学び、リスクコミュニケーションに取り組もうとする時、組織やその担当者は、少なからずリスクコミュニケーションの多様性に混乱をきたす。

その原因であろうリスクコミュニケーションの多様性にも深く関わる3つの多様性を「躓き(つまずき)の石」として取り上げると共に、以前から指摘されているリスクコミュニケーションの 誤解 及び 課題 を紹介する。


①「リスク」の複数の定義、側面

リスクコミュニケーションの出発点である「リスク」自体に定義がないことが第一の躓きの石である。一般的によく言われる「もたらされる被害の大きさとその生起確率の積」という数値で表せるリスクの定義もあれば、ISO31000のように「目的に対する不確かさの影響」という数値化が難しく、かつ「影響」の良し悪しを限定しない定義もある。
 また、リスクの中身も幅広く、工学、環境、生物・医、心理、経済、政治…すべての物事は、これらの要素が複雑に絡み合った中で存在する。

組織や組織の担当者がリスクコミュニケーションに取り組もうとする時、リスクコミュニケーションに取り組む組織や担当者が一番恐れるリスクのみを重視し、それが原因で、リスクマネジメントや、ステークホルダーとのコミュニケーションが行き詰ることがある。
 身近な例で言えば、新型コロナウイルス感染症対策では、当初は感染リスクに重きを置いていたが、現在では経済リスクも重視した意思決定が行われている。

 

躓き(つまずき)を越えるために必要なこと

「リスク」という言葉が様々な意味を持つこと、ひとつの物事でも複数のリスクを有することを前提に、これからコミュニケーションしようとする題材(化学物質・環境、食品、原子力、防災、医薬など)が「誰にとって」の「どのようなリスク」を有しているか、これから行うリスクコミュニケーションでは、その中で特にどのリスクに着目しているのかを整理することが望ましい。

 

「リスクコミュニケーション」複数の目的/機能

リスクコミュニケーションの目的や機能として、教育、情報共有・交換、注意喚起、理解醸成、信頼関係構築、行動変容、参画、合意形成などが挙げられる。

「結局自分たちは何をすればいいのか」という疑問の手がかりとして、わかりやすいキーワードであるリスクコミュニケーションの目的/機能に着目しがちだが、分野やリスクコミュニケーションの実施主体が異なると、異なる目的が掲げられているように見える。この状況は、リスクコミュニケーションに取り組もうとする担当者を更に悩ませるのではないだろうか。

次項で定義について触れるが、実は、リスクコミュニケーションの本質は「リスクについてコミュニケーションを行うこと」ではない。コミュニケーションはただの手段であり、「より良いリスクガバナンス/マネジメントを行うための民主的なプロセス」が本質である。

より良いリスクガバナンス/マネジメントの形が、社会的に決まっているのであれば、教育・啓発的なコミュニケーションになろう(災害時の避難訓練など)。より良いリスクガバナンス/マネジメントの姿が定まらない場合は情報共有・交換から始まり、協議や共考を経て合意形成を目指すことになろう(防潮堤の適切な高さなど)。

 

躓き(つまずき)を越えるために必要なこと

どのようなコミュニケーションが適切かどうかは、リスクの性質、リスクコミュニケーションを実施する状況、意思決定レベル(社会が決めるのか、個人が決めるのか)によっても異なる。リスクコミュニケーションにおけるコミュニケーションの形に影響を与える要素の例として、以下が挙げられる。

  • フェイズ:平常時、緊急時、回復期(緊急時→平常時)
  • 意思決定レベル:社会(国、地域)、個人
  • 知識の不定性(科学的知見の不確かさ、未知性)
  • 時間的な広がり:一時的、中期的、長期的
  • ステークホルダーの認知、受容性、興味関心
  • 管理責任者の性質(一義的な管理責任者の有無)    など

より良いリスクガバナンス/マネジメントのために、どのようなコミュニケーションが、なぜ必要なのかを、このこれらの要素を参考に確認するとよい。

ただし、リスクコミュニケーションは、選択の自由、知る権利の尊重を起源とする民主的なプロセスであることが基本(緊急時についてはその限りではない)であることに留意し、自分たちが取り組むのがリスクコミュニケーションなのか、それとも説得に留まるのかを理解し、適切に表現することも重要である。

 

「リスクコミュニケーション」複数の定義

リスクコミュニケーションには複数の定義が存在する。現在の日本において代表的な定義は以下の3つであろう。

  • 個人、集団、組織間での情報及び意見の交換による相互作用のプロセス。
    (情報及び意見には)リスクの特性に関するメッセージ(リスクメッセージ)だけでなく、リスク管理のための法律や制度の整備に対する疑問や関心、意見の反応を含む(National Research Council, 1989)
  • 対象の持つリスクに関する情報を、リスクに関係する人びと(stakeholder)に対して可能な限り開示し、たがいに共考することによって、解決に導く道筋を探す社会的技術(木下冨雄, 2008)
  • リスクのより適切なマネジメントのために、社会の各層が対話・共考・協働を通じて、多様な情報及び見方の共有を図る活動(安全・安心科学技術及び社会連携委員会, 2014)

この他に、化学物質・環境分野など、独自の定義を定めているものもある。

組織や組織の担当者がリスクコミュニケーションに取り組もうとするとき、複数の定義を見比べて、どれを採用すべきかに迷うのではないだろうか。加えて、緊急時のリスクコミュニケーションであるクライシスコミュニケーションが絡むと、今度は定義に対して疑念を覚えることもあるだろう。

躓き(つまずき)を越えるために必要なこと

全ての定義に共通するのは、「複数の主体が関与」する「リスク」が関わる「プロセス」だということである。特に2014年にまとめられた安全・安心科学技術及び社会連携委員会の定義には「リスクのより適切なマネジメントのために」というリスクコミュニケーションで目指すべき所が取り込まれている。

定義の中にも「情報及び意見の交換」や「情報を開示」など具体的なタスクが記述されているが、それは1つの取組例である。あくまでも「リスクのより適切なマネジメントのため」に行われることを前提とすべきである。

また、緊急時のリスクコミュニケーション(クライシスコミュニケーション)においては、時間的制約があるため「社会の各層が対話・共考・協働」は非現実的であり、上記の3つの定義に当てはめて考えない方がよい。むしろ、クライシスコミュニケーションでは、危機から身を守るためのメッセージを明確で・分かりやすく・ワンボイスで届けることが重要視される。

ただし、東京電力福島第一原子力発電所事故時のように、放射線のリスクから身を守るために他の疾患のケアができずに結果的に命を失うなど、特定のリスクの低減を目指すあまり、それより大きなリスクを見逃すようなような事態にもなりうる。あらかじめ、緊急時のリスクマネジメントの在り方に関するリスクコミュニケーションを実施しておくことが望ましい。

 

<リスクコミュニケーションに対する根深い誤解と課題>

木下(2008)は、2000年過ぎのリスクコミュニケーションブームを経て、リスクコミュニケーションに対する「新しい誤解」があると述べている。例えば、「これまでの広報に代わる有効な説得技法」、あるいは「見かけの振り付けや形式、トラブル対策に力を注ぐもの」、あるいは「(心理学に基づく)説得的コミュニケーション」である。

実際に、リスクコミュニケーションを行おうとする組織から、わかりやすい資料、成功するコミュニケーション方法を求められることが多い。なおかつ、そのような場合、「リスク0(ゼロ)ではない」という前提でのコミュニケーションであれば、" リスクに関する話題を扱っている "ならば、それはリスクコミュニケーションであるとの理解が散見される。コミュニケーションの手法やノウハウに対する期待で、本質が置き去りにされている状況と言える。

また、National Research Council(1989)は、リスクコミュニケーションに取り組む際の課題の一つに「リスクマネジメントの不備から目を逸らそうとしている」を挙げている。リスクコミュニケーションの本質に鑑みるに、これは致命的な課題であろう。その一方、実際にリスクコミュニケーションを行おうとする組織にとって、リスクマネジメントプロセスと密接に関わるリスクコミュニケーションの実現はすぐには難しいとの声も聞く。

 

誤解と課題を越えるために必要なこと

まず、リスクコミュニケーションに取り組もうとする組織及びその担当者は、リスクコミュニケーションに対して、広報の延長ではなくリスクマネジメントとの関係に着目するとよいだろう。

「より良いリスクガバナンス/マネジメントを行うための民主的なプロセス」というリスクコミュニケーションの本質を踏まえた上で、組織及びその周りのステークホルダーの状況を冷静に分析し、自分たちに合ったリスクコミュニケーションを検討・設計し、組織内外に徐々に共通認識を広げるという意識が肝要である。

また、リスクマネジメントとコミュニケーションの関りについても、取組開始時点では実現困難な事項が多いのは仕方ないとしても、地道に、リスクコミュニケーションの理念を最大化するための試みを続けることが望まれる。

 

参考文献

  1. 木下冨雄. リスク・コミュニケーション再考―統合的リスク・コミュニケーションの構築に向けて(1). 日本リスク研究学会誌. 2008, vol.18(2), 3-22

  2. 文部科学省. リスクコミュニケーション案内. 2017-03.
    https://www.mext.go.jp/a_menu/suishin/detail/1397354.htm, (参照 2022-08-15)

  3. 日本リスク研究学会編.【増強改訂版】リスク学辞典. 阪急コミュニケーションズ. 2006-07

  4. National Research Council (US) Committee on Risk Perception and Communication. Improving Risk Communication. National Academies Press. 1989.(林 裕造, 関沢 純(訳). リスクコミュニケーション前進への提言. 化学工業日報社. 1997)


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