リスク共生社会創造センター

2021年1月21日

リスク共生の視点から見た新型コロナ対応

新型コロナウイルスに関する危機管理広報
「第4回 組織の管理責任を問われたら
     ― データだけではなくメッセージを訴えよう」

横浜国立大学 IASリスク共生社会創造センター
非常勤講師  宇於崎 裕美
(エンカツ社 代表取締役社長)

年が明けて2021年となっても、世界でワクチン接種が始まっても、新型コロナウイルスの猛威は衰えない。為政者や組織のトップはより厳しく責任を問われ、その発言に世間の注目が集まる。ナーバスになっている人々は発言者の言葉一つ一つに敏感に反応する。そんなとき、どのようにすれば誤解を避け効果的に真意を伝えられるのか。今回はその方法について考える。


データだけではなくメッセージを

責任ある立場にある人の発言は正確でなくてはならない。正確さにこだわるあまりデータばかりを並べてしまうことがある。それでは聞く人の心に響かない。特に文書ではなく口頭で何かを訴えるとき、大切なのはデータよりもメッセージである。スピーチの中にデータをたくさん入れ込んでも、聞き手はすべてを聞き取れないだろうし、そのデータの意味がわからないかもしれないのだ。

データとは「数字」や「事柄」あるいは「事実」であって、それ自体に意味があるわけではない。データは人によって解釈がちがう。そこがやっかいなのだ。知識や経験を共有する専門家同士はデータのやりとりだけで状況を理解できる。たとえば、「新型コロナウイルス感染症患者の療養状況における病床使用率は80%」というデータを聞けば、医療従事者は壊滅的な危機が迫っていると感じ、なんとかしなくてはと考える。しかし、門外漢は「それがどうした。まだ20%も余裕があるじゃないか」と感じるかもしれない。

専門家ではない一般人に理解や協力を求めるためには、データではなく明確なメッセージが必要だ。メッセージは「声明」、「伝言」と辞書にはでてくるが、私は話し手の「思い」「願い」と表現している。


メッセージを伝えるのは難しい

データのまとめ方は多くの人が学生時代から訓練を受けている。実験レポートや調査報告書を作成するとき膨大なデータを分類したり有意なものを選別したり、体験を通して学んでいる。しかし、メッセージのまとめ方についてはどうだろう?残念ながら、学ぶ機会はほとんどないのではないだろうか。誰しも「何をいっているのかわらない」人に出会った経験があるだろう。意図不明の記者会見を報道で目にすることも多い。ことほどさように自分の思いや願いを言葉にするのは難しいのだ。

メッセージのまとめ方

私は企業や官庁のメッセージを報道関係者に届けたりネットで配信したりする仕事に長年、携わっている。業務で私が実際に行っている「メッセージのまとめ方」をここで紹介したい。これは、新型コロナウイルス禍に限らずどんなリスクに直面しても使える、簡単で役に立つ方法だ。

宇於崎式メッセージのまとめ方

文章を考えるのは以下の3つだけでいい。
  1. 今、何が問題なのか
  2. その問題に対する自分(たち)の立場は何か
  3. 自分(たち)はあなたに何をしてもらいたいのか(してあげたいのか)

この順番に文章を並べれば、わかりやすいメッセージになる。

注意点は、上記の1. 2. 3.それぞれの文章をシンプルにすること。枝葉末節は削り美辞麗句は避ける。余計なデータも必要ない。わかりやすく表現するとは、凝った文章で細かく説明することではないのだ。


メッセージの伝え方

メッセージ文がまとまったらそれを効果的に訴えることが必要だ。それにはそれ相応のやり方というものがある。効果的だとされる方法があり、それを身に着けるためのトレーニングもある。しかし、残念ながら日本の社会ではほとんど知られていない。

「原稿は棒読みしない」「顔は相手のほうに向ける」「相手にわかる言葉を使う(例:専門用語を使わない)」「ゆっくり話す」といったスピーチの基本すら知らない人は多い。

そんな状況を変えようと、私は全国の官庁や企業で「メディアトレーニング」を実施している。メディアトレーニングとは、模擬記者会見や模擬インタビューを通して、資料作成から発声、目線、態度物腰、立ち居振る舞いまで「メッセージの伝え方を鍛える訓練」である。このとき、ビデオを使って自分の話す姿を見てもらうと効果が上がる。ビデオを見ると多くのことに気づく。恥ずかしいと感じる人もいるが心配することはない。気づけばすぐに改善できるからだ。


混迷時にこそメッセージが重要

私はスウェーデン政府のコロナ対策に注目している。ご存じのように、スウェーデンでは大規模なロックダウンを避けてきた。そのため、感染者も死亡者も多く昨年12月には、国王が「『失敗したと思う』と述べた」と報道された。しかし、現地在住の日本人医師によると、感染対策を率いる免疫学者に対しても省庁の対策についても、アンケートでは半数以上が「信頼している」と回答しているらしい。

もともとスウェーデンでは、日本のマイナンバーにあたる「パーソナルナンバー」が徹底し正確な統計があり、専門家だけではなく国民もアクセスできるという情報の透明性が確保されているとのこと。また、大規模なロックダウンをしないのは、憲法で国民の移動制限ができないうえに、ロックダウンが長期間持続可能な政策ではなく社会への副作用が大きいからという明確な理由があるかららしい。注目すべきは、そのことが政府のメッセージとして国民に伝わり理解されていることだ。パンデミックの第1波のとき、毎日、記者会見を開き時間無制限で記者の質問を受けるなどスウェーデンの関係省庁は国民にメッセージを伝える努力をしていた。

データを得るためだけなら、データベースにアクセスできればこと足りる。人がなぜ、言葉で人に語りかけるのか。それはデータではなくメッセージを伝えるためなのだと私は思う。日本でもメッセージ作成とその効果的な伝達方法について理解が進むことを願う。


■参考資料

スウェーデン、コロナ対策失敗 国王「死者多過ぎる」
(2020年12月18日14時06分 時事ドットコムニュース)

病床少なくても医療崩壊回避 スウェーデンの現状は?カロリンスカ大学病院の宮川絢子医師に聞く(2020/12/27 2:00日本経済新聞 電子版)



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