リスク共生社会創造センター

2020年4月22日

リスク共生の視点から見た新型コロナ対応

新型コロナウイルスに関する危機管理広報
「第1回 情報公開とプライバシー保護のバランス」

横浜国立大学 IASリスク共生社会創造センター
非常勤講師  宇於崎 裕美
(エンカツ社 代表取締役社長)

はじめに

新型コロナウイルスのまん延により、あらゆる組織はクライシス・コミュニケーションの必要性に迫られている。感染者や濃厚接触者が組織内から現れた場合、なんらかの方法で外部にそれを伝えなくてはならない。過去に何度もあった台風や地震により操業不能となった場合と違い、未知なるウイルスによる感染症というのはだれも経験したことがない。取引先など世間に対し、どのように説明すればよいのかわからないと途方に暮れるケースがほとんどだ。感染者発生について発表したことでその勇気と正直さをたたえられた企業もあれば、逆に言われなき差別に苦しめられている大学もある。何がどうちがうのか。「運命の分かれ目=クライシス」の対応の成否は紙一重と思われるが、そこにはいくつかの明白な失敗要因と成功要因がある。本稿では、それら失敗要因と成功要因、ならびにほかのクライシス発生時にも応用が利くクライシス・コミュニケーションの基礎知識について、下記のとおり3回にわたって説明する。

  • 「第1回 情報公開とプライバシー保護のバランス」
  • 「第2回 感染者発生時の発表注意点、いつ・何を・誰に・どこまで」
  • 「第3回 組織の管理責任を問われたら」
  • (※タイトルは変更する可能性あり)

情報公開とプライバシー保護のバランス

筆者のもとには新型コロナウイルス対応に悩むさまざまな組織から、いざというときの情報公開についての相談が持ちかけられている。その中には、「従業員がプライベートで、クラスター発生で有名になったライブハウスに行っていた」「幹部が濃厚接触者と判明し自宅待機。そのため事業を二週間休止せざるを得なくなった」というものもあった。いずれの場合も、組織のトップが頭を抱えたのは、情報公開をどうするかということだ。

新型コロナウイルス感染に限らず、組織が危機的状況に陥ったときに関係者に連絡したり、報道関係者に発表したりする行為を「クライシス・コミュニケーション」という。クライシス・コミュニケーションの三原則として筆者は常日頃から下記を挙げている。


クライシス・コミュニケーションの三原則

  1. 誠実第一主義に基づいた情報公開
    •  ― 正直が一番
    •  ― 隠ぺいを疑われないように注意
    •  
  2. 明確な方針と戦略が重要
    •  ― 現実的な落としどころを見すえておく
    •  ― 大事なステークホルダーに伝えるべきメッセージを明確に
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  3. 知識やスキルより意識
    •  ― ニュースの“旬”を日頃から観察しておく
    •  ― 平時の広報が最強のリスクマネジメント、好感度の貯金を
    •  

新型コロナウイルス感染が発生したときも、この三原則に従えば、ただちにその事実を公表すべきだ。しかし、今回、多くの組織が公表をためらったのは「個人のプライバシーはどうするのか」という点で迷いがあったからだ。

従業員が感染者や濃厚接触者となった場合、氏名は当然、公表すべきではない。しかし、感染ルートやどんな業務をしていて誰と接触していたのかと、外部の人々から聞かれたらどうすればいいのか。それを明かすと個人が特定されかねない。企業機密にも触れるかもしれない・・・と不安はつきない。

そこで、新型コロナウイルス感染についての情報公開方針について、下記の通り整理してみた。


新型コロナウイルス等感染症に関する情報公開についての考え方

  1. 一般市民から感染者が出たということを公表するのは行政の役割
  2. クライシス・コミュニケーションの三原則で「誠実第一主義に基づいた情報公開」を最初に挙げているが、これは「知っていることをなんでもすぐに話すべき」とい言っているのではない。感染者のプライバシーは守らなくてはならないし、当該感染者の属する組織の立場というものも考慮すべきだ。

    新型コロナウイルスについては、PCR検査の結果、陽性者が出たということを“最初に”“公式に”発表するのは行政の役割だ。これは企業や大学など各組織がやることではない。


  3. 感染者が出て“組織の業務に影響があること”の説明は組織の責任
  4. たとえば、従業員が感染者で、そのために他の従業員が濃厚接触者となって自宅待機しなくてはならなくなり事業を休止あるいは縮小することになったなど “社内外に影響が出る”場合、その説明責任は行政ではなく当該組織側にある。

    外部に説明するときは、感染者のプライバシーに配慮すべきで、感染者本人の行動の詳細を公開してはいけない。一般的に感染ルートに対して人々の関心が集まるが、従業員がプライベートでだれとどこで食事したか、社内で誰と密接に仕事をしているのかということは言わなくてもよい。そもそも感染ルートの解明は行政側の仕事で、感染者や濃厚接触者の属する組織がやることではない。

    組織側がやるべきことは、今後、どういう影響があるのかを見極め、それらの影響に対して組織側がどういう対応をするのかということである。言い方を変えると、組織としての説明責任は、過去のことではなく、“これからのこと”についてなのだ。そこで、発表すべき重要ポイントは以下の2点に絞られてくる。

    1. 業務にどのような影響が出るのか(おそれがあるのか)
    2. 組織としてどういう対応をするのか

  5. 情報公開の仕方は、説明すべき対象者の範囲により変化
  6. どのように発表するかは、その組織の業務範囲と影響を受ける人々が不特定多数なのかどうかによって、以下の2種類に分かれる

    1. 不特定多数に説明しなくてはならないとき
    2. 記者会見、プレスリリース、HP掲載などで一斉に公表。誰もが知ることができる方法をとる。

      (例:病院で院内感染が発生し診療を制限しなくてはならない場合、上場企業が工場を閉鎖することなり株価に影響が出そうな場合)

    3. 特定の関係者だけでいいとき
    4. 組織内での文書掲示、関係者へのメール等で特定の人々にだけ知らせる。

      (例:非上場企業で取引先が限られていて業務の一部だけ休止する場合)



筆者は仕事柄、さまざまな修羅場に立ち会い組織の説明責任をどう果たすかについてアドバイスしている。いつも困るのは「準備ができていないと当事者は混乱する」ということだ。いきなり事件・事故が起こると、人は物事の優先順位が正しくつけられなくなる。関係者の間で「今、それをすべきなのか」と意見が分かれ議論が紛糾し、いたずらに時間ばかりが過ぎてしまう。それを避けるためには、事が起こる前に、発表ルールを決めて明文化あるいはマニュアル化しておかねばならい。しかし、実際はマニュアルが整備されている組織はまだ少数だ。ある雑誌編集部が行った「新型コロナウイルス関連の広報対応に関する調査」よると、「危機管理マニュアルを元々用意していた」のは26%超*だったとのこと。残念ながら、多くの組織でクライシス・コミュニケーションの準備はまだ整っていない。

次回は、具体的な発表文書の書き方について考察する。



出典:広報会議編集部「新型コロナウイルス関連の広報対応に関する調査」 
調査方法:インターネット 調査対象:『広報会議』購読企業・取材協力企業・株式会社宣伝会議が主催する広報関連講座への申込企業
調査期間:2020年2月27日~3月16日/有効回答数:130

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