リスク共生社会創造センター

2020年6月17日

リスク共生の視点から見た新型コロナ対応

(第6回) 危機時におけるリスクマネジメント その5
リスクへの対応を考える

横浜国立大学 IASリスク共生社会創造センター
客員教授(前センター長)  野口 和彦


今回は、危機時のリスク対応を5つの要点で整理する。

対策の対象を明確にする

危機時には、様々な影響が派生する。従って危機管理においては、対策を打つべき危機の対象を明確にしないと効果的な対策を打つことは出来ない。

コロナ禍においても感染防止から経済の維持まで、様々な事象が存在する。これらの危機は、その対策の方向性が異なり、その効果も様々であるため、コロナ対策という漠然とした認識では、効果的な対策は打てない。

新型コロナ感染症における危機事象の例を以下に示す。

  • 個人の感染・健康への影響(年齢や体調によって大きな差異が発生する)
  • 生活の変容に伴う家庭の課題
  • 医療運営
  • 介護等の福祉活動への影響
  • 企業経営・信頼性への影響
  • 地域産業・経済
  • 社会インフラへの影響
  • 教育・研究への影響
  • 文化・スポーツ、エンターテイメントへの影響
  • 行政への影響
  • 金融・財政への影響
  • 国際関係への影響 等

対策案を選定し対策の効果を事前に検討する

危機時には、対策を打ったという形式で評価するわけにはいかない。危機を押さえ込むためには、その効果を事前に検討する必要があり、そのためには、防ぎたい現象が発生するシナリオを検討していく必要がある。

そして、その対策によって、「何を防ぎ」、「何を防げないか」ということを認識しておく必要がある。そして、検討している対策の効果がどの程度あるかを検討しておく必要がある。

一つの対策で十分な効果が得られないと判断した場合は、追加の対策を実施し、その効果を十分なレベルまで担保する必要がある。

また、対策の選定においては、必要なリソースや実効性等も重要な判断基準であり、対策の実施が困難であるものを対策案とすると、形式的な対策の実施によりかえって危機の収拾を遅らせることになる。

例えば、今回のコロナ禍において職場で感染しない為の方策は様々に検討されているが、その対策の有効性と限界は理解しておく必要がある。社員は、家庭や通勤、さらにはプライベートな活動においても感染する機会が生じるため、職場の対応だけはなく、職場以外の感染防止に対する活動の教育を行うことが、結果として社員の感染者を少なくすることに繋がる。

これまで、組織はプライバシーに干渉することは避けてきたが、その私生活が組織活動に大きな影響をもたらす場合は、その対応のあり方も考える必要がある。


対策の他のリスクへの影響を考慮する

リスク・危機への対策は、効果があるものほど、他のリスクや危機に対して好ましくない影響を与える可能性がある。

危機時の対策の検討においては、問題視している事象への対策効果を欲するために、他の危機への影響を軽んじると社会に混乱が起きて、結局重要な対策の効果も半減する場合がある。

例えば、今回のコロナ対策において明らかになったように、感染防止のための外出自粛は経済を縮小させる。

危機時には、様々な立場があり防ぎたい危機事象も異なるために、対策における賛同が得られにくい場合もある。他の事象に好ましくない影響がある場合は、その緩和策もセットにして対策を考慮する必要がある。

この検討は、好ましくない影響が発生してから検討を始めるのでは手遅れになりやすく、事前に検討をしておくことが望ましい。

このような時に必要なことは、対策の持つ「好ましい影響」と「好ましくない影響」を事前に共有して、次に記す対策の優先順位を定める事である。


優先順位を定める

危機時には、異なる要求が同時に発生するために、その時の状況に応じて優先すべき対応対象と対策の選択を行う必要である。

先に記したように、危機時には多様な対応すべき事象が存在するので、その時点での何を優先するかという事を定めて、社会として共有する必要がある。

また、対策の優先順位を定める際は、その優先順位を変更する際の条件を事前に明らかにしておく必要がある。

初めて経験する事象に際しては、事前にその条件を明らかにすることは難しい場合も多く手探りになる場合も多いが、社会の混乱を少なくするためには、まずその条件を示し、市民に判断の目処を与えることによって、少しでも不安を小さくすることが望ましい。この優先順位の変更条件は、新たな知識や情報が得られた場合には、条件自体を変えることも可能である。

さらに、対策対象が同じだとしても、対策が必要だとわかったものから順番に手を打って行くと、重要な対策を打つべき時にリソースが不足することがある。

危機時には、対策を急ぐあまり、気づいた事象から対策を打つことが多いが、この場合は効果や必要性より、行いやすい対策が優先されることが多くなる傾向があり、貴重なリソースを消費することになりかねない。

対策の優先順位に対する社会の賛同を得るためには、危機管理自体の目的の優先順位を事前に明らかにして社会において共有しておくことが必要なことは言うまでもない。

また、対策の優先順位を定める際は、一定の対策群を整理した後で、全体のバランスを考慮する必要がある。


対策の実施後に効果を検証し、次の対策の必要性を検討する

危機時には、対策を打った後も、当初に考えていた効果が発揮できているかを検証し、対策の変更や追加対策の必要性を検討する必要がある。

対策は、実施する前にその効果の検討を行うが、実際に対策を打ってみると、その環境が変わっていたり、新たな課題が発生したりすることによって、事前の検討で想定したような効果が得られない場合がある。

このような状況が明らかになった場合は、効果が得られていない原因や事前に検討できていなかった「好ましくない影響」の発生に関する分析を行い、早急に効果のある対策に変更するか追加対策を実施する必要がある。

一度、対策を決定すると、面子や対策変更の煩雑さ等を理由に、その変更をためらうこともあるが、危機時には、一度決めた対策方針も、状況が変われば柔軟に変更する必要がある。

危機時は、対策を打ったという事実で責任を果たしたことにはならない。

危機管理の責任は、効果のある対策を実施し、危機を収束させることである。


解 説

「リスク対応の一般論」

リスクへの対応は、リスク評価の結果により対応の選択肢を選び出し、実施するものである。リスク対応では、その対策の効果を検証しリスク基準を満足する結果となることを確認する必要がある。そのためには、あるリスク対策の内容の分析を実施しその効果を検証し新たなリスク対応を策定する必要がある。

また、最適なリスク対応選択肢の選定においては、法規,社会の要求等を満足することを前提として、得られる便益と実施費用・労力との均衡を取ることがリスクマネジメントの実効性を高める事になる。

そして、リスク対応には、ある問題への対策を打つことが別の諸々のリスクを派生させることがあることに注意する必要がある。

リスク対応の実施に際しては、社会の多様な価値観を考慮しつつ、「対策の技術の実効性や実現性」、「必要となる費用や期間」、そして「対策が生み出す新たなリスク」等を踏まえたうえで、対策の優先順位を検討することが求められる。



←前の記事へ(第5回) |  次の記事へ(第7回)→



特設サイトトップページに戻る