リスク共生社会創造センター

2020年4月24日

リスク共生の視点から見た新型コロナ対応

(第4回) 危機時におけるリスクマネジメント その3
リスクの不確かさをどのように考えるか
~[リスク分析・評価の要点 その1] 検討するリスクの特定と捉え方~

横浜国立大学 IASリスク共生社会創造センター
客員教授(前センター長)  野口 和彦

危機管理では、発生中の状況に対して迅速に対応を行っていく必要があるが、その際にもその状況推移を考える必要がある。そして、その状況推移と対応を検討する手法としてリスクマネジメント手法は有効である。

リスクは、その環境によって変化をするために、前報で整理した環境の変化を前提とする必要がある。特に危機時には、その変化が大きくなるので注意を要する。(前報参照)

また、リスク分析に先立ち、分析の対象とするリスクを決める必要がある。このリスク分析の対象を決めることをリスク特定という。組織や地域運営の目的に影響を与えるリスクを特定する際には、目的を達成するために必要な要素を整理し、その要素に影響を与えるものとして、規格に記載されているようなリスク源や組織の強み、弱み、さらには組織の内外の状況の変化等を考慮することによって目的との関係を意識したリスク特定が可能となる。

リスク特定とその捉え方に関する要点とを以下に記す。

リスクを考えるときに可能性があることから目を背けるな

考えたリスクに対してすべて低減対策をとらなくてはいけないと考えると、多くのリスクを検討することを躊躇することが起きてくる。

また、これまでリスクに対しては、それぞれの担当によって対策を行うことが多かったために、「自分の担当では無い」、「自分たちでは対処できない」という理由で、リスクの存在に気づいても、分析対象に挙げない場合があった。さらに、リスクに対して必ず効果のある対策を打つべきであると考えると、「対策が思いつかない」、「その対策の実施が難しい」という理由で、リスクを検討対象として取り上げないということが起きてくる。

しかし、検討したリスクに対して、すべて低減することをリスクマネジメントで求めているわけでは無い。
このリスク評価の考え方は、次報に記す。

特に、危機時には、多くの対応が要求されるために、検討するリスクを絞りがちであるが、この時点で分析の対象としていないリスクは、分析や対策において考慮されないということであり、危機管理の対象にもならないということになる。

リスクマネジメントでは、まず組織や地域において潜在している可能性を知ることが大事であり、そのことが危機や危機の進展に対する準備に繋がる。

リスクの持つ多様な影響を考えよ

あるリスクの影響は一つでは無い。新型コロナウィルスは、健康面は当然のこととして、経済や文化、生活の利便性等に多くの影響をもたらす。リスクを特定の専門の立場でだけ分析を行うと、限定的な分析になりかねない。この方法を繰り返すと、せっかく分析を行っても思わぬ危機が到来する場合がある。

特に危機時には、複数のリスクやその対策が関連して、新たな局面を生み出すことがある。 そのため、リスク分析では、リスクの影響を多様な視点で検討する必要がある。

また、あるリスクに対する対策は、新たなリスクを生み出すので、その視点からも分析が必要である。この内容に関しては、次報で整理する。

危機時には、事前の準備によって、その対応の迅速性や効果が異なってくるため、リスクがもたらす多様な影響を検討しておくことが望ましい。

考えるべきリスクのもたらす影響は、経験だけで無く論理的・体系的に考えよ

リスクの持つあらゆる影響を網羅的に把握することは難しい。そのために、ややもすれば、これまでの知識や経験に基づいてリスクを捉えがちであるが、これでは再発防止の繰り返しと差異はなくなってしまう。

現代社会はその変化が早く、社会インフラ、技術、価値観等も10年前とは異なっている。このような状況下で、個々の経験でリスクを捉えるのは限界がある。また、嘗て、リスクを考える時は、想像力が重要だと言われた時期もあったが、組織や地域の危機管理やリスクマネジメントを個々の想像力に依存するわけにはいかない。

リスクを考える時に必要なことは、起こりうる可能性を検討する視点について体系的に整理をして論理を用いて考察することである。特に、危機時では、一つのリスクの見落としが、全体に大きな影響を及ぼすことがある。

体系的に考えると言うことは、分析の視点を思いつきで設定するのでは無く、対象をそのフレームワークを整理しながら考えることである。

例えば、組織活動を考えると、経営の視点、従業員の視点、顧客の視点というように、その組織を構成する要素を整理することによって体系的に整理することができる。

論理的に考える方法は多数あるが、その一つに、対象とする活動を成立させる要素を整理して、その要素毎に、その要素が欠落したり、不完全になったりした場合の全体への影響を、論理の飛躍無く、考えていく方法がある。

■■ 次回予告 「危機時におけるリスクマネジメント その4 リスクの分析・評価を考える 」

 


解 説

リスクアセスメントの基本

  1. リスクとは何か
  2. リスクの定義は様々であるが,リスクの本質は、影響と不確かさという二つの要素をもっていることであり,このどちらか一つでも存在しなければリスクとは言わない。

    特に,不確かさというのはリスクを特徴づける要素であり,どんなに大きな影響が生じてもその影響が必ず発生するものは,リスクとは呼ばない。したがって,リスクを考えるということは,不確かな事象を扱うということである。

    しかし,リスクにはこの不確かさが存在するために,リスクに対する認識や判断が難しくなるという問題がある。このために、状況が良くわからないことが多い場合は、リスクという概念は適用できないという意見を持つ人もいるが、それは本末転倒である。不確かだからこそリスクという概念を活用する必要がある。

    リスクを理解するためには,この不確かさに対する理解を深めることが大切である。

    また、リスク特定においては、既存の価値観での特定に留まらず、現在の社会が対応を要求しているリスクを考え、組織の変化によって変化しているリスクを意識することが重要である。環境変化に即したリスクの特定を行うためには、変化を正しく知り新たなリスクを特定できるに技術が必要となる。

    また、リスクは、その原因や結果においてそれぞれ不確定性を持っている。リスク特定においては、その不確定性を双方にわたって検討することが必要である。

  3. リスクの定義
  4. リスクという概念は,一般的には,以下に示すように「何らかの危険な影響,好ましくない影響が潜在すること」と理解されてきた。

    1. 米国原子力委員会の定義: リスク=発生確率×被害の大きさ
    2. MITの定義: リスク=潜在危険性/安全防護対策
    3. ハインリッヒの産業災害防止論の定義:
      リスク=潜在危険性が事故となる確率×事故に遭遇する可能性 ×事故による被害の大きさ
    4. ISO/IEC Guide51 危害の発生確率及びその危害の重大さの組み合わせ


    リスクの定義は様々であるが、その定義によってリスクの持つ意味が異なってくる。

    例えば、(1) の定義によると、リスクは発生確率と被害の期待値として扱われるため、リスク間の比較が容易になるという特徴が有る。一方、この定義を用いると、しばしば起こる小さなトラブルと希に起きる大きなトラブルは、同じということになる。しかし、一般的には社会でこの二つの事象は、二つの事象は異なると考えている。

    (1)から(4)までの定義に共通するのは、不確かさとなんらかの被害が発生するということであり、これらの定義により,リスクマネジメントは,好ましくない影響をコントロールすることだと理解されてきたことが多かった。

    しかし,2018年に発行されたISO31000では,リスクは,「目的に対する不確かさの影響」と定義されている。

    この定義の特徴は,二つある。一つは,リスクの定義に「目的との関係を記したこと」であり,もう一つは,定義の注記で「影響とは,期待されていることからかい(乖)離することをいう。影響には,好ましいもの,好ましくないもの,又はその両方の場合があり得る。影響は,機会又は脅威を示したり,創り出したり,もたらしたりすることがあり得る。」に記されたことである。このことによって,リスクの影響を好ましくないことに限定していないことになる。このリスクの定義により,ISO31000では,リスクマネジメントが各分野の好ましくない影響の管理手法というレベルから,組織目標を達成する手法へと進化している。


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